絶海の孤島に漂着させられるという
私の運命を招き寄せた「極秘指令」


隠密同心について

この記事の目次
………
松下幸之助の「運命が90%」説
………
50年以上も昔の日本に於いて
一部の若者達が抱いていた狂気の話

………
現実の社会生活と
自身の内に潜む狂気との間に生まれる
底知れぬ矛盾を
どうやったら克服し止揚できるか?

………
「普通の人」が
「普通じゃない人」へと
変化しなければならない時代?

………
川の流れのように

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…松下幸之助の「運命が90%」説

 

………

松下幸之助の「運命が90%」説

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皆さんは運命というものについてどうお考えでしょうか?
私は今まで運命について深く考えた事はなかったのですが、
この記事を書くにあたって色々と考えさせられた事があるので
その辺りの事情からお話をさせて頂きたいと思います。

例によって「運命」というキーワードでグーグルを検索してみたところ
最初に発見したのは「goo辞書」のこのような定義でした。
なるほど、とは感じながら、これでは少し物足りないのでもっと深い情報を求めて探していたところこんな記事に出会って心を打たれました。
 
絶海の孤島に漂着させられる事になったのも自分に与えられた運命なんだろうな、と思うと同時に

鷹がスズメになろうとしても、スズメが鷹になろうとしても、それは運命であって、変えることはできんな。けど、鷹は鷹なりに、スズメはスズメなりに一生懸命生きる努力はせんといかん。そこに、それぞれが成功する道も開けてくるんやな。

………という言葉が胸に響きました。

私は以前の記事にこんな事を書いたのですが、………
そういう自己評価に対する慰めと励ましを感じさせられたからなのだと思います。
 

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…50年以上も昔の日本に於いて

 

………

50年以上も昔の日本に於いて
一部の若者達が抱いていた狂気の話

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ところで、

先ほど私は以前に書いたこの文章のお話をしたのですが、
この文章にピッタリと当て嵌まる愚かな事例が以前のサイトにありましたので、それを御覧下さい。この記事です。

特に後半部分の身の程知らずの思い上がった考え方が、その後の私の運命を決定する要因になったのだ、と今は痛感しています。

しかし、その件に関する反省は反省として上記の記事を読み返しながら50年以上も昔に抱いていた自分の夢と希望を改めて思い返させられた事も事実です。

「普通の人になってはならない」

………という母の密命を心の根底に刻みつけながら生きていた自分の健気さと憐れさを思うと泣けてきます。
 

考えてみれば、そのような怨念にも似た我が子に対する親の思いは何も私の母だけのものではなかったはずだという事に今は思い至っています。

大学への進学率が未だ低かったという50年前の日本の状況がありました。
決して豊かとは言えない生活の中から必死の思いで大学に送り出している両親の気持ちはイヤというほど子供に伝わっていたに違いありません。

その様な視点から眺める時に初めて納得できるであろうと私が考えている2つの事件に関する情報を以下のリンクから御覧下さい。いずれも50年以上も昔の日本で起きた悲劇関連のニュースや解説記事や動画です。

★あさま山荘事件の中継(1972年)★
………
あさま山荘事件
………
★日本赤軍事件 前編(再現)★

………
………
★東京、サリン事件速報★
………
★オウム真理教!暗黒史!★
………
オウム真理教元幹部の死刑囚
★13人全員の死刑を執行★

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…自身の内に潜む狂気を
どうやったら克服し止揚できるか?

 

………

現実の社会生活と
自身の内に潜む狂気との間に生まれる
底知れぬ矛盾を
どうやったら克服し止揚できるか?

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「止揚」という言葉の意味や使い方についてはこちらの記事を御参照ください。

………という事で、

恐らく、この記事を御覧になっている方々の大部分がドン引きなさるであろう事を覚悟の上で申し上げるのですけれど、………
私が絶海の孤島の沖合いに座礁している難破サイトを書き続けていた目的はこういうものでしたし、その目的は基本的に今現在も変わってはいません。
 

上記で御覧頂いた目的が「普通に生活している人々」から見て非常識きわまりないものだ、という事は私自身が痛いほど実感しております。
現在の私は、自分自身が体験しつつある生活保護受給者という立場を通じて「普通に生きる」という事の本当の意味と価値を「普通に健康に生活している人々」の誰よりも痛感し思い知っている人間なのではないか?……と思っているのですから。

しかし、50年以上前に無意識世界の氾濫を体験してしまった私には「普通に生きる」という道が閉ざされてしまっている、……ような気がしてなりません。それが自分に与えられた運命であるような気がしてなりません。
 

「普通の人になってはならない」
という母の密命は今も私の心の底に
生き続けています。
………
そのような母の秘密指令が私に与える事になった
現在の運命を、
最終的に悪い結果ではなく
良い結果に向って収斂させる為の工夫と努力、
………
……それが今の自分に与えられている
最後の10%の可能性を現実化させるカギ
であるような気がしています。

 

………という次第で

必ずしも私のような下々、というより生活保護受給者という最底辺の立場にいる愚昧な人間に向っての言葉とは言えないのですが、
自分の心の底に今なお潜んでいる狂気への戒めという意味で一つのヒントとなると思われる情報をインターネット上で発見しましたので、とりあえず、それを御紹介して今回の記事のここまでの部分のまとめとさせて頂きたいと思います。

賢い人の行動に関する
★松下幸之助の考え方★

僅かな期間お世話になっただけの関わりではありましたけれど、以前この記事で御紹介した小嶋千鶴子氏から感じられた人間の気配のようなものと「Youtube」の動画で拝見する松下幸之助氏のそれとは非常に似ていると私は思っています。微妙な言葉の端々に多くの部下を使い育てた創業経営者に特有な心の在り方が感じられるのです。

狂気に駆られた私の話を聞き終えた小嶋千鶴子氏の目に浮かんだ涙と、その後の彼女が採った私への対応は今も忘れる事が出来ません。

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…「普通の人」が「普通じゃない人」へと
変化しなければならない時代?

 

………

「普通の人」が
「普通じゃない人」へと
変化しなければならない時代?

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前節まで50年以上も昔の日本で起きた事件や自分自身が体験した事を中心にお話を進めてきた訳なのですが、その間に生じた時代の変化には凄まじいものがあります。

この変化は近年の科学技術の目を見張るような進展に伴って加速し続けています。
当然の事ながら、激しい巨大な社会状況の変化は人々の生活にも激しく巨大な変化を生じさせずにはおきません。
そのような変化に対する予測の一例を示してくれているこちらの記事およびこちらの記事を御覧下さい。

上記でリンクさせて頂いた2つの記事に例示されている事柄を含めて
これからの世界状況は

「普通の人」が
「普通じゃない人」へと
変化しなければならない時代

に向って急速に展開して行くに違いない、………と私は考えており、そういう予測の下に自分なりの社会的な運動を起こす為に考え出したのがこのキャッチフレーズだった訳です。


このような私の考え方は27年前に書いた一つの論文が出発点となっています。
難破サイトにはその論文を紹介する記事も残されていますので、
かなりの長文ですが、よろしかったらこちらの記事をお読みください。
 

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…川の流れのように

 

………

川の流れのように

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民衆の意識を
日常生活のレベルから変革すると共に
それに呼応するべき
上からの
具体的な社会変革政策の展開を促進し
………
それらの相互作用によって
「日本の未来を切り開く」

………
まるで半世紀以上昔に★全共闘や三島由紀夫★が掲げていそうな大上段に振りかぶった大時代的なスローガンですけれど、私が考えているのはそんな見かけとは無縁のものです。決して物騒で御大層な社会運動計画ではありません。
………と申し上げても信じて頂く事は難しいかもしれませんが、………
………
ともかく、このスローガンに掲げている夢を現実化したいというのが私の希望である事は確かです。
難破して座礁してしまっている旧ブログも、今現在始めようとしているこのブログも、その夢と希望に向って歩みを進めようという基本姿勢に変わりはありません。
………
しかし以前のブログを書いていた時の私と現在の私との間には或る意味で根本的な姿勢の違いが生じている事も事実です。

ヒツジを「捕らえ」て巣に運ぼうとして身動きできないでいる
カラスを想像してみて下さい。
いえ、カラスではなくスズメでも、あるいはハチでもトンボでも
カブトムシでも良いのですが、
………それが私です。
………
とにかく今まで私が抱き続けていた「夢」と「希望」は、
自分にとって余りにも巨大でした。
余りにも巨大な獲物にしがみついてそれを「捕らえた」
つもりになっていた私は余りにも愚かでした。

という自己認識は現在の私にとって根本的かつ決定的なものです。
………
愚かだった過去を反省し、スズメはスズメなりに自分の夢と希望を語ってみたい、というのがこのブログの趣旨です。
………
この先、どのような形で私の人生が終焉を迎えることになるのかは分かりません。
孤独死あるのみなのかもしれない、とも感じています。
………
そうであってもそれなりに納得して旅立てるよう、全力を尽して、しかし淡々と自分に与えられた生命を燃焼させ続けていこうと考えています。

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テレサ・テン


 

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